私が開院した理由

・人生初めての救急車、ケガで入院。


それは、一瞬のことで訳がわかりませんでした。

小学6年生の夏に、少年野球に入っていた私は試合で左足の太もも
を骨折しました。救急車で病院に運ばれてそのまま入院しました。

救急車で運ばれるようなケガは初めてで、意識はあるものの何が
何だか分からなかったです。足の骨折なので回復するまでは立っ
たり、歩いたりできなくなったわけです。

(小学校の修学旅行で日光東照宮へ行けなかったのが残念でした。)


一番最初に体の不調はとても大変だと感じだのは、その時でした。
骨がくっつくまでずっと動かさずに固定したままベッドの上でしたし、
骨がくっついても膝が固まって曲がらなくなっていました。

リハビリができるようになって、毎日、また動かせるようになる
までリハビリの先生がマッサージとストレッチをしてくれました。
リハビリを受けてる時に「こういう仕事っていいな」って思いました。


・健康について考え始める。


自分のケガの体験からは健康について興味が強くなっていきました。
当然ですが、子どもだった私は整体だとか、理学療法だとかは分から
なかったのですが、健康に携わる仕事を知るきっかけになりました。

元々、子どもの頃から細かい手作業が好きだったり、エレクトーン
という鍵盤楽器を弾いていたので、指先や手を使うことが好きでした。

職人さんの仕事をジーっと見るのが大好きでした。今でも、そういう
テレビ番組はよく見ています。料理番組も自分の食への興味と相まって
観ることが好きです。手を使って作り上げていくものは本当に素敵だと感じます。


・自分の得意なことをに気がつく。


その中でも、家族、親族にマッサージをするのがとても好きでした。
とても好評で、喜んでもらえることが嬉しかったのをよく覚えています。
私がマッサージをしていると、心地よくて眠ってしまう伯父さんとか。

これが、自分の得意なことだし、自信を持てることだし、好きなこと
で、おもしろい(興味深い)ことなんだと、気がつきました。

足の骨折が治ってからは、小中高校、大学を卒業して、(マッサージとは
関係ない)会社に就職をしました。会社員として、一人前になるために、
仕事を覚えて、海外へ出向したいという目標を持って日々仕事をしていま
した。組織の中で働くこと、社内・社外の人間関係などすごく良い経験でした。

それでも「いつか勉強して資格を取ってマッサージとかやりたいな」と
いう気持ちはどこかに持ち続けていました。定年退職してからでもやりたいと。

・改めて、健康って大事だと実感する。

サラリーマンはそれなりに順調でしたが、当時はかなり激務でした。
今でこそ労働基準法が厳しく労働時間がとても厳しくなっていますが、
当時は自分より後に新入社員が何年も入らないし(会社は採用しても
部署には入らない)人が減らされる中、いろいろな仕事をする状況でした。

ストレスと疲労はけっこうありましたし、病院で注射を打ちながら
仕事を続けていたこともあります。「もう少しがんばれば良くなる」
という上から声をかけられましたが、ずうっとこの“もう少し”が終わって
良くなることがありませんでした。言葉の綾と知りつつも。

その頃に私自身が整体やマッサージに行って体のケアをしていました。
やはり整体やマッサージに行くと体も楽になるし気分がすごくよくなり
ました。人には人を癒やす力があるんだな、すごいなと感じました。

ある時、会社の激務に追われながら、もし、このまま体を壊して動け
なくなって、やりたかったマッサージや整体ができなくなったら
どうしようかという思いが止まらなくなりました。不安というよりは、
それは困るな、嫌だなという気持ちでした。


・意を決して退職し、学生になりました。


次第に「やっぱり整体師になりたい。」という気持ちが強くなっていき、
整体の専門学校やその後の進路を調べたり、整体の仕事をしている先生方に
いろいろと話しを聞いたり、両親とも話したり、上司に相談したり、
1年間を費やして会社を辞めることを決めました。27歳でした。

ここで、マッサージではなくて整体になったのも、当時行っていた
整体の先生の技術に感動して、体の元を整えることの効果と重要性を身を
持って実感したからでした。こんなに体って変わるのかと驚きでした。

会社をやめてから整体の専門学校に通って勉強しました。朝から夕方まで
技術と座学を学ぶコースを選択して、休みは直営サロンで働いたり、日に
よっては同じ専門学校の違うエリアにある分校で授業を受けたりしてました。

そういうことができる学校のシステムでしたし、先生は得意分野が
それぞれ違ってので、興味のある分野の良い先生がいると聞けばそちら
にも行ってました。

卒業してからは、いくつかのサロンや整体院で経験を積みました。
サロンの立ち上げにも参加したりしました。


・整体師として、独立開院を目指す。


その後、ある接骨院で分院長にもなりました。30分に2人を
整体するやり方で1日中予約が埋まり、それが毎日続きました。

他にも院の運営や人事(スタッフの調整、求人)を、周りの
スタッフに支えてもらいながらやっていました。

この業界に入った頃から、「独立する」ことを目標にしていましたが、
この接骨院での経験からだんだんとイメージが具体的になってきました。

スタッフの移動があるタイミングで私もそこを辞めて、自分の整体院を
立ち上げる準備に入りました。

2008年の春(当時30歳)にこの「しみずの森 整体院」を開院する
ことができました。これからが本当のスタートだと感じていました。


・開院して意気揚々とスタートするも…。


私、一人のこだわりの整体院です。(少し前、こだわわりって言葉が
流行ってましたね。)自画自賛ですが、とてもよい整体院ができたと。

これまでの経験上、なにはともあれ院の雰囲気はとても大事だと考え、
掃除や清潔感、私の話し方、特に表情(笑顔)だったり、堅苦しくなくて、
スムーズな対応で、自然な感じで・・・と、いうことは、できて当たり
前だと思っていましたし、自分はできていると信じてました。

1ヶ月、3ヶ月、半年、と過ぎていくにつれて、体がだんだんと、
つらくなっていきました。あれ?なんでだろうと。

ここで、一人でやる自由さ、気楽さと引き換えに、全てと自分でやる
ことの大変さを実感しました。「患者さま、お一人お一人しっかりと
丁寧に」と思っても、患者さまはそれほど満足されなかったと思います。


・日々、学んでいくこと


毎日、もっといい整体院になるには、と考えながら施術やその他の
雑務をこなしながら、いっぺんには物事は完成しないことを痛感しました。
積み重ねの繰り返しで、だんだんと作り上げることだと知りました。
それも、定着するまで時間がかかります。

また、続けることによって、目指す形も更に進化することも解りました。
勉強や治療家仲間との情報交換を続けて、いい刺激を受けています。

最近、よく考えることがあります。

・整体院が存続することの大切さと難しさ。
・頼りにされる整体師になるための努力。
・自分の頭と体と心の健康。

と、いう3つの大事なものです。ワンセットでありながら、それぞれを
高めていくこと、またそのバランスが崩れてはいけないものです。

そして、何より気をつけているのが、決しておごり高ぶることなく謙虚な
姿勢を心がけることです。これが、本当に大切です。

これからも、いろいろと悩み、乗り越え、学び、見方を変えて、熟考して、
それらを繰り返して、患者さんや家族に感謝して、日々を過ごして行きます。
(たまに、休養も取ってリフレッシュします。)

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